サン=ジェルマン条約
サン=ジェルマン条約またはサン=ジェルマン=アン=レー条約は、第一次世界大戦の後の1919年9月10日に連合国側とオーストリア(第一共和国)の間で結ばれた条約の通称。 フランス語、英語、イタリア語で作成され、フランス語版を基本の正文とする。
開始 1919年9月10日最終更新 2026/10/16 14:59
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サン=ジェルマン条約またはサン=ジェルマン=アン=レー条約(サン=ジェルマンじょうやく、サン=ジェルマン=アン=レーじょうやくフランス語: Traité de Saint-Germain-en-Laye、Traité de Saint-Germain、英語: Treaty of Saint-Germain-en-Laye 、Treaty of Saint-Germain、イタリア語: Trattato di Saint-Germain-en-Laye、Trattato di Saint-Germaine、ドイツ語: Vertrag von Saint-Germain)は、第一次世界大戦の後の1919年9月10日に連合国側とオーストリア(第一共和国)の間で結ばれた条約の通称。
フランス語、英語、イタリア語で作成され、フランス語版を基本の正文とする。
正式名称
- 正文であるフランス語の正式名称は « Traité de paix entre les Puissances alliées et associées et l’Autriche »1
- 英文での正式名称は “Treaty of Peace between the Allied and Associated Powers and Austria”2
- イタリア語での正式名称は «Trattato di pace tra le potenze alleate e associate e l’Austria»
- ドイツ語の官報公示名称は „Staatsvertrag von Saint-Germain-en-Laye“3
- 日本語での名称は「同盟及聯合国ト墺地利国トノ平和条約」
通称
この通称は締結が行われたサン=ジェルマン=アン=レーのサン=ジェルマン=アン=レー城にちなむ名称であるので、正確にはサン=ジェルマン=アン=レー条約と呼ぶべきかもしれないが、一般にはやや省略して(日本語はもとより英語、フランス語などでも)サン=ジェルマン条約と呼ばれる。この地で締結された条約は他にもいくつか存在している(サン=ジェルマン=アン=レー条約 (曖昧さ回避) 参照)。
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