パナマ — OpenHistory
巴奈馬
国名の由来はインディオ (インディヘナ)のクエバ人 の言葉で、「魚が豊富」を意味する言葉から来ているとされている。
歴史
先コロンブス期 500年ごろには、パリタ湾岸では金 製品で知られるコクレ(Cocle)文化が興る。その起源についてはコロンビア からの影響か、独自の発展か決着をみていない。またコスタリカ 東部に隣接する西部では、美術的にも評価の高い彩文土器や土偶で知られるチリキ(Chiriqui)文化が興る。
スペイン人 が到来する直前にあたる16世紀初頭には、現在のパナマに相当する地域には20万人から200万人の人間が居住していたとされている1 。
スペイン植民地時代
スペインからの最初の独立 1855年にパナマはヌエバ・グラナダから自治権を獲得した。1863年、グラナダ連合 でリオ・ネグロ憲法が制定され、八州が独自の外交 権を持つ分権的な連邦 国家 コロンビア合衆国 が成立すると、パナマも連邦の一州として実質的な独立を達成したが、1866年に再びコロンビアによる直接支配が復活した。パナマではコロンビアに対する反乱が頻発するがいずれも失敗に終わった。
スエズ運河 建設に携わったフランス人 実業家 のレセップス がコロンビアから運河建設権を買い取り、1881年から1889年までパナマ運河 建設を進めたが、様々な問題発生により建設は中止された。この過程で運河建設のために各国から労働者が導入された。
1885年の自由党の反乱を鎮圧した保守党のラファエル・ヌニェス によって1886年にリオ・ネグロ憲法の放棄と新憲法が制定され、中央集権 色の強いコロンビア共和国が成立した。こうして一時的に不安定なコロンビアにも保守党による支配権が確立したが、1894年にヌニェスが死去すると、1899年に自由党のカウディーリョ だったラファエル・ウリベ・ウリベ 将軍が蜂起し、千日戦争 が勃発した。この内戦は1902年まで続き、およそ10万人の死者を出した。
コロンビアからの第二の独立 アメリカ合衆国 はパナマ運河を建設することを千日戦争 で疲弊したコロンビア共和国上院に拒否されたため、パナマの持ち得る経済効果、ならびにラテンアメリカ 地域における軍事的重要性から分離・独立を画策した。その結果、1903年11月3日にパナマ地域はコロンビア から独立を果たした。初代大統領にはマヌエル・アマドール が就任したが、新たに制定された憲法ではパナマ運河地帯 の幅16kmの主権 を永遠にアメリカに認めるとの規定があり、以降パナマはアメリカによって事実上支配されることになった。運河地帯の主権を獲得したアメリカによって運河建設は進められ、1914年にパナマ運河 が開通した。
このようにパナマは独立当初から主権が極めて制限されていたが、パナマのナショナリズムの高まりに応じて1930年代ごろからアメリカ合衆国も譲歩せざるを得なくなった。1927年から1933年まで続いたニカラグア でのサンディーノ 戦争により、フランクリン・ルーズベルト 大統領が善隣政策 を導入したことは、その政治的な表現の一つである。親米派のエリートから主導権を奪って就任したアルモディオ・アリアス 大統領は1936年にハル・アルファロ条約 を締結し、パナマ運河の将来的返還など、パナマの保護国としての地位からの脱出を図った。
1940年に就任したアルモディオの弟のアルヌルフォ・アリアス 大統領はよりポプリスモ 的であり、大統領権の強い1941年憲法を制定し、アメリカ合衆国との対立のために枢軸国 との友好政策や、人種差別 政策など親ファシズム 的な政策を採ったが、この政策は合衆国の不興を買い、1941年にクーデターで失脚した。
1952年に大統領に就任したレモンは対外的には親米 政策 を採る一方、国内では国家警備隊の暴力を背景にした力の政治を推進したが1955年に暗殺された。
1960年には中間層の民衆の間でナショナリズム が高揚し、パナマ運河地帯返還要求を軸にした反米 運動が盛んになった。1964年には運河地帯でのパナマ国旗の掲揚がアメリカ人に拒否されたことをきっかけに暴動を起こしたパナマ人学生が、アメリカ軍 によって射殺された国旗事件 が発生し、この事件によってパナマとアメリカは一時国交 を断絶した。
1968年に発生したクーデターによりアルヌルフォ・アリアス 大統領が失脚し、国家警備隊の司令官だったオマール・トリホス 将軍が大統領に就任した。ペルー のベラスコ 将軍に影響を受けていた2 トリホス将軍は反対派を徹底的に弾圧 したが、その一方で国内の寡頭支配層や合衆国に対して一歩も妥協しないそのカリスマ性によってたちまち国民の心を掴んだ。国粋主義的な政策で合衆国との交渉に臨んだトリホス将軍は1977年にアメリカのジミー・カーター 大統領と新運河条約を結び、1979年に運河地帯の主権を回復した。
ノリエガの失脚後、政治への深い介入が問題になっていたパナマ国防軍は解体され、1990年に国家保安隊に再編された。
アメリカからの第三の独立 1999年12月31日に旧運河地帯に残るアメリカ管理地区が返還され、建国以来パナマに大きく関わってきたアメリカ軍は完全撤退した。これをアメリカからの第三の独立と呼ぶ者もいる3 。
政治 大統領 を元首 とする共和制 国家 である。首相 は設置されていない。大統領は行政 府の長であり、任期は5年。連続再選は認められていない。現行憲法 は1972年憲法であり、1983年に大きな改正を経て現在に至っている。
独立以来国土の中心に位置するパナマ運河地帯 はアメリカ合衆国の主権 下にあったが、1999年12月31日にパナマに主権が返還されたことによってパナマ政府は全土に主権が及ぶようになった。
2010年7月12日、マルティネリ政権が強行した労働者 の労働組合 加入を抑制する措置やスト権 の制限などを盛り込んだ労働法 改定に反対する抗議デモが、首都パナマ市 などで行われた。同2010年にはボカス・デル・トーロ県 でストが行われ、警官隊による発砲で労働者2人が死亡、約100人が負傷した事件が発生している。
国際関係 中華民国 (台湾 )承認国中で最も古い年(1909年)から国交継続が続いている国家だったが、2017年6月12日に断交して中華人民共和国 との国交樹立を発表した5 。なお、中華人民共和国の国有企業はパナマ最大の港であるマルガリータ島港を99年の契約で租借している6 。 こうしたパナマ運河周辺への中国企業進出について、2024年12月、翌月に大統領再任を控えたドナルド・トランプ 批判的な見解を示し、パナマ運河通行料の減額もしくは運河をアメリカに返還するよう強硬姿勢を打ち出した。この一件以降、パナマ政府は中国との友好関係を見直し、一帯一路 構想からの離脱などを表明し始めた7 。
日本との関係
軍事 1989年のパナマ侵攻 の結果、それまで国防を担っていたパナマ国防軍は1990年に解体され、国家保安隊が創設された。そのため現在パナマに軍隊 は存在しない。
国家保安隊は国家警察、航空海上保安隊、国境警備隊より構成される。
地方行政区分 パナマは10の区分に分けられており、県制(provincia)を用いている。西からボカス・デル・トーロ(スペイン語 Bocas del Toro)・チリキ(Chiriquí)・ベラグアス(Veraguas)・エレーラ(Herrera)・ロス・サントス(Los Santos)・コクレ(Coclé)・パナマ(Panamá)・コロン(Colón)・ダリエン(Darién)である。このほかにコマルカ(Comarca)と呼ばれる先住民族の自治区が6ヶ所存在する。
これまで基本的な行政区分は1903年の建国当初から変更されていなかったが、2014年1月1日、パナマ県の西側を分割し新たに10個目の県として、西パナマ県が創設された。
主要都市
地理 気候は熱帯 性気候で、季節は12月半ばから4月までの乾季と5月から12月半ばまでの雨季に分かれる。雨季の午後には激しい雨が降り、年間降水量は2,000mmから3,000mmに達する。
かつては国土の9割以上を森林が占めていたものの、2000年には森林面積が39%にまで低下した8 。国土の23%は様々なタイプの自然保護区に指定されており、世界全体でも10位以内に入る自然保護大国でもある。
経済 IMF によると、2020年のパナマのGDP は529億ドルである9 。一人当たりのGDPでは12,373ドルとなり、この数値は中米 7か国では最も高く、メキシコ をも上回る水準である。世界銀行 による定義では、2022年の一人当たり国民総所得 は16,750ドルで、この7か国中唯一の高所得国(2022年時点で13,845ドル以上)である10 。2023年にはさらに18,010ドルに上昇した(しかし世界銀行はこの年の高所得国の下限値を定めていない)11 。
アメリカ合衆国の通貨米ドル にすべてを依拠し、自国の通貨主権を放棄している。中央銀行(パナマ国立銀行 )は存在するが、紙幣発行権を持たない。バルボア という通貨があるが、バルボア紙幣は存在しない。流通している紙幣は米ドル紙幣のみである。それは常に1バルボア=1米ドル固定であり通貨が米ドルと等価であるからである。硬貨はパナマ独自のものが発行されているが、アメリカセント硬貨も等価で併用されている。そのため、パナマはコスタリカと共に中米で最も経済的に進んだ国であり、伝統的に金融業 が経済の中心である。他のラテンアメリカ 諸国に比べて安定していたこともラテンアメリカの金融センター として発達した理由の一つである。第三次産業の従事者が全体の7割にものぼる。 ラテンアメリカでブラジルに匹敵する経済成長 を示す。一方、国民の3割は貧困層で、その半数は極貧に属する。
パナマ運河は重要な雇用の場で通行料は重要な収入源である。軍事施設がアメリカから返還されたことと運河の拡張計画は今後のインフラ発展に大きく寄与すると見られる。 他にはバナナとエビの輸出と、銅や金鉱山の開発がある。
国土の大半が山脈であることから平地農業が廃れてきている。
パナマは熱帯性気候であり、年間降水量が2,000mm以上と非常に多いため、エネルギーの半分近くを水力発電で賄っている8 。
パナマ船籍の外国商船からの収入も多い(便宜置籍船 )。便宜置籍船は、籍を登録した国に輸出したことになるため、船舶の税が安いパナマは日本の最大の船舶輸出先である。
特にパナマ運河返還後は、観光業も成長している。政府は外国人 と退職 者に税優遇を行っているためで、外国人観光客が増加し、不動産 開発が進んでいる。
鉱業 パナマの鉱業は小規模ではあるが、金と塩については経済的に採算が取れている。2003年時点の金の採掘量は1.6トン、塩は2.3万トンである。金はダリエンの砂金 が著名であるが、ベタキジャやベラグアスの鉱山開発も進んでいる。塩は岩塩 ではなく、塩田 を利用したものである。サンタマリア川とチコ川に挟まれた都市アグアドゥルセに大規模な塩田が立地する。
交通 同国における交通システムは一般的に安全とされているが、密集した交通、規律のない運転習慣、整備の行き届いていない道路、効果的な標識や信号機 の欠如により車両の運転は大変危険で、運転における要求も厳しいものとなっている。
鉄道
航空
国民
言語 スペイン語 が公用語 であり、大多数の国民が母語 としている。その他にもアフロ・アンティーリャスなどにはジャマイカ英語 をはじめとする英語 を母語とする人々が存在する他、クナ語 など先住民の言語を母語とする人々も存在する。英語はまた、都市部の高学歴層や観光地で使用される。
宗教
教育 6歳から11歳までの6年間の初等教育 が無償の義務教育期間となり、その後の6年間の前期中等教育 と後期中等教育を経て高等教育 への道が開ける。国公立の教育機関は初等教育から高等教育までほぼ無償である。2000年のセンサスによれば、15歳以上の国民の識字 率は91.9%である12 。
代表的な高等教育機関としては、パナマ大学 (1935年)、パナマ工科大学 (1981年)などが挙げられる。歴史的にパナマのエリートは子弟をアメリカ合衆国 や西ヨーロッパ 諸国の学校で学ばせたため、パナマ国内の高等教育機関は中間層の子弟のための機関となり、それゆえにエリート層と対立するパナマの学生は1964年1月の国旗事件など、高揚するパナマ・ナショナリズムの担い手となった。大学進学率は中米諸国の中では最も高い。
保健
医療
治安 パナマの治安はひどく、悪いものとなっており2018年時点で年間61,342件の犯罪が発生している。犯罪統計によると、パナマ国内の犯罪のうち6割以上がパナマ市内で発生しており、パナマ市首都圏では一部スラム 化した旧市街だけでなく日本人が多数在住している新市街(サン・フランシスコ地区やベジャ・ビスタ地区)でも殺人 や強盗 といった凶悪事件が報告されている。
犯行の主体はパンディージャス (青少年凶悪犯罪集団)などの若者グループが多く、対立グループとの抗争(報復殺人)が旧市街や白昼の新市街のショッピングモール などで突然発生することがある。
パナマはその地理的特性から麻薬 密売 の中継地点と言われ、近隣諸国の麻薬組織が国内に浸透し、日本人が多数居住している地区においても麻薬取引をめぐる組織間の抗争が発生している。そして、麻薬組織とつながりのあるパンディージャスの存在が違法銃器 の国内需要を助長しており、全殺人事件の約7割で銃器が使用されていることから危険性を強めており、滞在時には充分に注意しなければならない。
人権
マスコミ 西半球の他のほとんどの国と同様に、報道の自由が保障されている。
文化 パナマの文化はインディヘナの文化の上に、アフリカ系の文化とヨーロッパ系文化の伝統が強く影響して築き上げられている。
食文化
文学
音楽
世界遺産
祝祭日
スポーツ
著名な出身者
参考文献
脚注
地方行政区分
パナマ共和国
República de Panamá
国の標語:Pro Mundi Beneficio
(ラテン語: 世界の福利のために)
国歌 :Himno Istmeño (スペイン語)
地峡賛歌
パナマ共和国 (パナマきょうわこく、スペイン語 : República de Panamá)、通称パナマ は、北アメリカ大陸 と南アメリカ大陸 の境に位置する共和制 国家 である。北西にコスタリカ 、南東にコロンビア に接し、北はカリブ海 、南は太平洋 に面する。首都はパナマ市 (パナマシティ)。
パナマは、世界的に有名な「パナマ運河 」が存在することで知られている。この運河は1914年に完成し、大西洋と太平洋を結ぶ重要な海上ルートとして機能している。パナマ運河の存在は、国の経済に大きな影響を与えており、通行料収入が主要な収入源となっている。
歴史的には、パナマは16世紀初頭にスペイン によって植民地化され、19世紀初頭にスペインからの独立を果たした。その後、コロンビア の一部として存在していたが、1903年に独立し、アメリカの支援を受けてパナマ運河の建設が始まった。
地理的条件により、パナマは熱帯気候であり、年間を通じて温暖で湿度が高い。国土は山岳地帯と低地が混在しており、自然環境が豊かで多様な動植物が生息している。
経済は運河関連産業に依存しているが、金融、物流、観光業も重要な分野である。自由貿易地域や国際金融センターとしての地位を活用し、外国からの投資を積極的に誘致している。
国名
正式名称は、República de Panamá(スペイン語 : [reˈpuβlika ðe panaˈma] レプブリカ・デ・パナマ)。通称は Panamá。
公式の英語 名は Republic of Panama ([\rɪˈpʌblɪk əv ˈpænəmɑː](/ja/w/%E5%9B%BD%E9%9A%9B%E9%9F%B3%E5%A3%B0%E8%A8%98%E5%8F%B7) リパブリク・ァヴ・パナマー)。通称は Panama。
日本語 での公式名称は 。通称、 。 は、 など。
パナマ共和国
パナマ
巴奈馬
国名の由来はインディオ (インディヘナ)のクエバ人 の言葉で、「魚が豊富」を意味する言葉から来ているとされている。
歴史
先コロンブス期 500年ごろには、パリタ湾岸では金 製品で知られるコクレ(Cocle)文化が興る。その起源についてはコロンビア からの影響か、独自の発展か決着をみていない。またコスタリカ 東部に隣接する西部では、美術的にも評価の高い彩文土器や土偶で知られるチリキ(Chiriqui)文化が興る。
スペイン人 が到来する直前にあたる16世紀初頭には、現在のパナマに相当する地域には20万人から200万人の人間が居住していたとされている1 。
スペイン植民地時代
スペインからの最初の独立 1855年にパナマはヌエバ・グラナダから自治権を獲得した。1863年、グラナダ連合 でリオ・ネグロ憲法が制定され、八州が独自の外交 権を持つ分権的な連邦 国家 コロンビア合衆国 が成立すると、パナマも連邦の一州として実質的な独立を達成したが、1866年に再びコロンビアによる直接支配が復活した。パナマではコロンビアに対する反乱が頻発するがいずれも失敗に終わった。
スエズ運河 建設に携わったフランス人 実業家 のレセップス がコロンビアから運河建設権を買い取り、1881年から1889年までパナマ運河 建設を進めたが、様々な問題発生により建設は中止された。この過程で運河建設のために各国から労働者が導入された。
1885年の自由党の反乱を鎮圧した保守党のラファエル・ヌニェス によって1886年にリオ・ネグロ憲法の放棄と新憲法が制定され、中央集権 色の強いコロンビア共和国が成立した。こうして一時的に不安定なコロンビアにも保守党による支配権が確立したが、1894年にヌニェスが死去すると、1899年に自由党のカウディーリョ だったラファエル・ウリベ・ウリベ 将軍が蜂起し、千日戦争 が勃発した。この内戦は1902年まで続き、およそ10万人の死者を出した。
コロンビアからの第二の独立 アメリカ合衆国 はパナマ運河を建設することを千日戦争 で疲弊したコロンビア共和国上院に拒否されたため、パナマの持ち得る経済効果、ならびにラテンアメリカ 地域における軍事的重要性から分離・独立を画策した。その結果、1903年11月3日にパナマ地域はコロンビア から独立を果たした。初代大統領にはマヌエル・アマドール が就任したが、新たに制定された憲法ではパナマ運河地帯 の幅16kmの主権 を永遠にアメリカに認めるとの規定があり、以降パナマはアメリカによって事実上支配されることになった。運河地帯の主権を獲得したアメリカによって運河建設は進められ、1914年にパナマ運河 が開通した。
このようにパナマは独立当初から主権が極めて制限されていたが、パナマのナショナリズムの高まりに応じて1930年代ごろからアメリカ合衆国も譲歩せざるを得なくなった。1927年から1933年まで続いたニカラグア でのサンディーノ 戦争により、フランクリン・ルーズベルト 大統領が善隣政策 を導入したことは、その政治的な表現の一つである。親米派のエリートから主導権を奪って就任したアルモディオ・アリアス 大統領は1936年にハル・アルファロ条約 を締結し、パナマ運河の将来的返還など、パナマの保護国としての地位からの脱出を図った。
1940年に就任したアルモディオの弟のアルヌルフォ・アリアス 大統領はよりポプリスモ 的であり、大統領権の強い1941年憲法を制定し、アメリカ合衆国との対立のために枢軸国 との友好政策や、人種差別 政策など親ファシズム 的な政策を採ったが、この政策は合衆国の不興を買い、1941年にクーデターで失脚した。
1952年に大統領に就任したレモンは対外的には親米 政策 を採る一方、国内では国家警備隊の暴力を背景にした力の政治を推進したが1955年に暗殺された。
1960年には中間層の民衆の間でナショナリズム が高揚し、パナマ運河地帯返還要求を軸にした反米 運動が盛んになった。1964年には運河地帯でのパナマ国旗の掲揚がアメリカ人に拒否されたことをきっかけに暴動を起こしたパナマ人学生が、アメリカ軍 によって射殺された国旗事件 が発生し、この事件によってパナマとアメリカは一時国交 を断絶した。
1968年に発生したクーデターによりアルヌルフォ・アリアス 大統領が失脚し、国家警備隊の司令官だったオマール・トリホス 将軍が大統領に就任した。ペルー のベラスコ 将軍に影響を受けていた2 トリホス将軍は反対派を徹底的に弾圧 したが、その一方で国内の寡頭支配層や合衆国に対して一歩も妥協しないそのカリスマ性によってたちまち国民の心を掴んだ。国粋主義的な政策で合衆国との交渉に臨んだトリホス将軍は1977年にアメリカのジミー・カーター 大統領と新運河条約を結び、1979年に運河地帯の主権を回復した。
ノリエガの失脚後、政治への深い介入が問題になっていたパナマ国防軍は解体され、1990年に国家保安隊に再編された。
アメリカからの第三の独立 1999年12月31日に旧運河地帯に残るアメリカ管理地区が返還され、建国以来パナマに大きく関わってきたアメリカ軍は完全撤退した。これをアメリカからの第三の独立と呼ぶ者もいる3 。
政治 大統領 を元首 とする共和制 国家 である。首相 は設置されていない。大統領は行政 府の長であり、任期は5年。連続再選は認められていない。現行憲法 は1972年憲法であり、1983年に大きな改正を経て現在に至っている。
独立以来国土の中心に位置するパナマ運河地帯 はアメリカ合衆国の主権 下にあったが、1999年12月31日にパナマに主権が返還されたことによってパナマ政府は全土に主権が及ぶようになった。
2010年7月12日、マルティネリ政権が強行した労働者 の労働組合 加入を抑制する措置やスト権 の制限などを盛り込んだ労働法 改定に反対する抗議デモが、首都パナマ市 などで行われた。同2010年にはボカス・デル・トーロ県 でストが行われ、警官隊による発砲で労働者2人が死亡、約100人が負傷した事件が発生している。
国際関係 中華民国 (台湾 )承認国中で最も古い年(1909年)から国交継続が続いている国家だったが、2017年6月12日に断交して中華人民共和国 との国交樹立を発表した5 。なお、中華人民共和国の国有企業はパナマ最大の港であるマルガリータ島港を99年の契約で租借している6 。 こうしたパナマ運河周辺への中国企業進出について、2024年12月、翌月に大統領再任を控えたドナルド・トランプ 批判的な見解を示し、パナマ運河通行料の減額もしくは運河をアメリカに返還するよう強硬姿勢を打ち出した。この一件以降、パナマ政府は中国との友好関係を見直し、一帯一路 構想からの離脱などを表明し始めた7 。
日本との関係
軍事 1989年のパナマ侵攻 の結果、それまで国防を担っていたパナマ国防軍は1990年に解体され、国家保安隊が創設された。そのため現在パナマに軍隊 は存在しない。
国家保安隊は国家警察、航空海上保安隊、国境警備隊より構成される。
地方行政区分 パナマは10の区分に分けられており、県制(provincia)を用いている。西からボカス・デル・トーロ(スペイン語 Bocas del Toro)・チリキ(Chiriquí)・ベラグアス(Veraguas)・エレーラ(Herrera)・ロス・サントス(Los Santos)・コクレ(Coclé)・パナマ(Panamá)・コロン(Colón)・ダリエン(Darién)である。このほかにコマルカ(Comarca)と呼ばれる先住民族の自治区が6ヶ所存在する。
これまで基本的な行政区分は1903年の建国当初から変更されていなかったが、2014年1月1日、パナマ県の西側を分割し新たに10個目の県として、西パナマ県が創設された。
主要都市
地理 気候は熱帯 性気候で、季節は12月半ばから4月までの乾季と5月から12月半ばまでの雨季に分かれる。雨季の午後には激しい雨が降り、年間降水量は2,000mmから3,000mmに達する。
かつては国土の9割以上を森林が占めていたものの、2000年には森林面積が39%にまで低下した8 。国土の23%は様々なタイプの自然保護区に指定されており、世界全体でも10位以内に入る自然保護大国でもある。
経済 IMF によると、2020年のパナマのGDP は529億ドルである9 。一人当たりのGDPでは12,373ドルとなり、この数値は中米 7か国では最も高く、メキシコ をも上回る水準である。世界銀行 による定義では、2022年の一人当たり国民総所得 は16,750ドルで、この7か国中唯一の高所得国(2022年時点で13,845ドル以上)である10 。2023年にはさらに18,010ドルに上昇した(しかし世界銀行はこの年の高所得国の下限値を定めていない)11 。
アメリカ合衆国の通貨米ドル にすべてを依拠し、自国の通貨主権を放棄している。中央銀行(パナマ国立銀行 )は存在するが、紙幣発行権を持たない。バルボア という通貨があるが、バルボア紙幣は存在しない。流通している紙幣は米ドル紙幣のみである。それは常に1バルボア=1米ドル固定であり通貨が米ドルと等価であるからである。硬貨はパナマ独自のものが発行されているが、アメリカセント硬貨も等価で併用されている。そのため、パナマはコスタリカと共に中米で最も経済的に進んだ国であり、伝統的に金融業 が経済の中心である。他のラテンアメリカ 諸国に比べて安定していたこともラテンアメリカの金融センター として発達した理由の一つである。第三次産業の従事者が全体の7割にものぼる。 ラテンアメリカでブラジルに匹敵する経済成長 を示す。一方、国民の3割は貧困層で、その半数は極貧に属する。
パナマ運河は重要な雇用の場で通行料は重要な収入源である。軍事施設がアメリカから返還されたことと運河の拡張計画は今後のインフラ発展に大きく寄与すると見られる。 他にはバナナとエビの輸出と、銅や金鉱山の開発がある。
国土の大半が山脈であることから平地農業が廃れてきている。
パナマは熱帯性気候であり、年間降水量が2,000mm以上と非常に多いため、エネルギーの半分近くを水力発電で賄っている8 。
パナマ船籍の外国商船からの収入も多い(便宜置籍船 )。便宜置籍船は、籍を登録した国に輸出したことになるため、船舶の税が安いパナマは日本の最大の船舶輸出先である。
特にパナマ運河返還後は、観光業も成長している。政府は外国人 と退職 者に税優遇を行っているためで、外国人観光客が増加し、不動産 開発が進んでいる。
鉱業 パナマの鉱業は小規模ではあるが、金と塩については経済的に採算が取れている。2003年時点の金の採掘量は1.6トン、塩は2.3万トンである。金はダリエンの砂金 が著名であるが、ベタキジャやベラグアスの鉱山開発も進んでいる。塩は岩塩 ではなく、塩田 を利用したものである。サンタマリア川とチコ川に挟まれた都市アグアドゥルセに大規模な塩田が立地する。
交通 同国における交通システムは一般的に安全とされているが、密集した交通、規律のない運転習慣、整備の行き届いていない道路、効果的な標識や信号機 の欠如により車両の運転は大変危険で、運転における要求も厳しいものとなっている。
鉄道
航空
国民
言語 スペイン語 が公用語 であり、大多数の国民が母語 としている。その他にもアフロ・アンティーリャスなどにはジャマイカ英語 をはじめとする英語 を母語とする人々が存在する他、クナ語 など先住民の言語を母語とする人々も存在する。英語はまた、都市部の高学歴層や観光地で使用される。
宗教
教育 6歳から11歳までの6年間の初等教育 が無償の義務教育期間となり、その後の6年間の前期中等教育 と後期中等教育を経て高等教育 への道が開ける。国公立の教育機関は初等教育から高等教育までほぼ無償である。2000年のセンサスによれば、15歳以上の国民の識字 率は91.9%である12 。
代表的な高等教育機関としては、パナマ大学 (1935年)、パナマ工科大学 (1981年)などが挙げられる。歴史的にパナマのエリートは子弟をアメリカ合衆国 や西ヨーロッパ 諸国の学校で学ばせたため、パナマ国内の高等教育機関は中間層の子弟のための機関となり、それゆえにエリート層と対立するパナマの学生は1964年1月の国旗事件など、高揚するパナマ・ナショナリズムの担い手となった。大学進学率は中米諸国の中では最も高い。
保健
医療
治安 パナマの治安はひどく、悪いものとなっており2018年時点で年間61,342件の犯罪が発生している。犯罪統計によると、パナマ国内の犯罪のうち6割以上がパナマ市内で発生しており、パナマ市首都圏では一部スラム 化した旧市街だけでなく日本人が多数在住している新市街(サン・フランシスコ地区やベジャ・ビスタ地区)でも殺人 や強盗 といった凶悪事件が報告されている。
犯行の主体はパンディージャス (青少年凶悪犯罪集団)などの若者グループが多く、対立グループとの抗争(報復殺人)が旧市街や白昼の新市街のショッピングモール などで突然発生することがある。
パナマはその地理的特性から麻薬 密売 の中継地点と言われ、近隣諸国の麻薬組織が国内に浸透し、日本人が多数居住している地区においても麻薬取引をめぐる組織間の抗争が発生している。そして、麻薬組織とつながりのあるパンディージャスの存在が違法銃器 の国内需要を助長しており、全殺人事件の約7割で銃器が使用されていることから危険性を強めており、滞在時には充分に注意しなければならない。
人権
マスコミ 西半球の他のほとんどの国と同様に、報道の自由が保障されている。
文化 パナマの文化はインディヘナの文化の上に、アフリカ系の文化とヨーロッパ系文化の伝統が強く影響して築き上げられている。
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