元弘
元弘(げんこう)は、日本の元号の一つ。元徳の後、建武の前。1331年から1334年までの期間を指す。この時代の天皇は後醍醐天皇。鎌倉幕府将軍は守邦親王、執権は北条守時。
施行~廃止 1331年8月 ~ 1334年1月最終更新 2026/10/16 14:52
基本情報
- 施行 ~ 廃止
- 1331年8月 ~ 1334年1月
元弘(げんこう)は、日本の元号の一つ。元徳の後、建武の前。1331年から1334年までの期間を指す。この時代の天皇は後醍醐天皇。鎌倉幕府将軍は守邦親王、執権は北条守時。
改元
元徳3年5月5日(ユリウス暦1331年6月10日)、後醍醐天皇を中心とした倒幕計画が発覚し、それに関わった者たちに対する鎌倉幕府による厳しい追及が行われていた。その最中の8月9日(9月11日)、後醍醐天皇は「元徳」から「元弘」へと改元して鎌倉幕府にも詔書を下したが、幕府はこれを認めず「元徳」を使い続ける(『関城書』裏書)とともに、9月20日(10月22日)には光厳天皇を新たな天皇として即位させた。
元弘2年/元徳4年(1332年)には後醍醐天皇は隠岐への遠流に処され、その間に光厳天皇は正慶に改元した。元弘3年/正慶2年(1333年)、後醍醐天皇は隠岐を脱出し幕府を滅ぼした。「正慶」の元号は鎌倉幕府滅亡とともに使われなくなった。
元弘4年1月29日(ユリウス暦1334年3月5日)、建武に改元した。
出典
『芸文類聚』天部の「賀老人星表曰、嘉占元吉、弘無量之祐、隆克昌之祚、普天同慶、率土合歓」から(嘉元の出典と同箇所)。勘申者は式部大輔菅原在登。
元弘期におきた出来事
元年
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