荘子
荘子は、中国戦国時代の思想家で、『荘子』(そうじ)の著者とされ、また道教の始祖の一人とされる人物である。 姓は荘、名は周。字は子休とされるが、字についての確たる根拠に乏しい。曾子と区別するため「そうじ」と濁って読むのが日本の学者の習慣となっている。 『史記』には「魏の恵王、斉の宣王と同時代の人である」と記録されている。出身地は宋の蒙(現在の河南省商丘市民権県)とされる。
生誕~死没 紀元前369年 ~ 紀元前288年最終更新 2026/10/16 14:52
荘子(そうし、Zhuang Zi、紀元前369年頃 - 紀元前286年頃)は、中国戦国時代の思想家で、『荘子』(そうじ)の著者とされ、また道教の始祖の一人とされる人物である。
姓は荘、名は周。字は子休とされるが、字についての確たる根拠に乏しい。曾子と区別するため「そうじ」と濁って読むのが日本の学者の習慣となっている1。
『史記』には「魏の恵王、斉の宣王と同時代の人である」と記録されている2。出身地は宋の蒙(現在の河南省商丘市民権県)とされる。
人物
荘子の人物像については複数の記述が伝わるが、それらの信頼性には様々な疑義があり、また相互に矛盾する記述もあるため、詳らかでない。たとえば『史記』巻63には荘子の伝があるが、これは司馬遷が当時の寓言を多く含む『荘子』から引いたものと推定されており、池田知久は「司馬遷が思想家たちの作ったフィクションを材料にして書いた荘子の伝記」と述べている。その他、『呂氏春秋』や『荀子』などにも記述が見られるが、いずれも『荘子』の影響を強く受けている3。
思想
荘子の思想はあるがままの無為自然を基本とし、人為を忌み嫌うものである。老子との違いは、前者は政治色が濃い姿勢が多々あるが、荘子は徹頭徹尾にわたり俗世間を離れ無為の世界に遊ぶ姿勢で展開される。
軸となる傾向は徹底的に価値や尺度の相対性を説き、逆説を用い日常生活における有用性などの意味や意義にたいして批判的である。
こうした傾向を、脱俗的な超越性から世俗的な視点の相対性をいうものとみれば、従来踏襲されてきた見方であるが、老荘思想を神秘主義思想の応用展開として読むことになる。他方で、それが荘子の意図であったかはもちろん議論の余地があるが、近年の思想研究の影響を受けつつ、また同時代の論理学派との関連に着目して、特権的な視点を設定しない内在的な相対主義こそが荘子の思想の眼目なのであり、世俗を相対化する絶対を置く思想傾向にも批判的であるという解釈もなされている。
荘子の思想を表す代表的な説話として胡蝶の夢がある。「荘周が夢を見て蝶になり、として大いに楽しんだ所、夢が覚める。果たして荘周が夢を見て蝶になったのか、あるいは蝶が夢を見て荘周になっているのか」。この説話の中に、無為自然、一切斉同の荘子の考え方がよく現れている。
この記事は日本語版ウィキペディアの「荘子」をもとに作成されており、 (r102266978) CC BY-SA 4.0 ライセンスのもとで利用できます。原文の投稿者一覧は 原文の履歴で確認できます。
最終更新 2026/10/16 14:52 · r253140 · 記事の内容は CC BY-SA 4.0 のもとで利用できます。