南部利直
南部 利直は、安土桃山時代から江戸時代前期にかけての大名。陸奥国盛岡藩初代藩主。官位は従四位下・信濃守。南部氏27代(盛岡南部家2代)当主。
生誕~死没 1576年4月13日 ~ 1632年10月1日最終更新 2026/10/16 14:59
南部 利直(なんぶ としなお)は、安土桃山時代から江戸時代前期にかけての大名。陸奥国盛岡藩初代藩主。官位は従四位下・信濃守。南部氏27代(盛岡南部家2代)当主。
生涯
天正4年(1576年)、26代当主・南部信直の長男1として三戸の田子城にて誕生。
天正18年(1590年)、前田利家を烏帽子親として元服し、その際に利家から「利」の一字を授与されて利正と名乗り、後に利直に改名する23。
慶長3年(1598年)8月18日に豊臣秀吉が死去した後は、父・信直と共に五大老筆頭の徳川家康に接近する。
慶長4年(1599年)、父が死去したため家督を継いで南部家当主となった1。
慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いにおいて、東軍の家康は東北・北陸の大名に対し、西軍の石田三成に通じた会津上杉景勝の征伐を命じ、利直はの後援として山形へ出陣()。しかし領土拡大を密かに謀ったがを煽動してやで一揆を起こしたため、帰国を許されて慶長6年(1601年)までに一揆を鎮圧した()。
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