金策
金 策は、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の軍人、政治家。北朝鮮労働党中央委員会常務委員。
生誕~死没 1903年8月14日 ~ 1951年1月31日最終更新 2026/10/16 14:59
基本情報
- 生誕 ~ 死没
- 1903年8月14日 ~ 1951年1月31日
- チョソングル:
- 김책
- 漢字:
- 金策
- 発音:
- キム・チェク
- 日本語読み:
- きん さく
- 英語表記:
- Kim Chaek
- 位置
- 40.6678, 129.1975
金 策(キム・チェク、1903年8月14日 - 1951年1月30日)は、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の軍人、政治家。北朝鮮労働党中央委員会常務委員。
経歴
咸鏡北道城津郡(現・金策市)鶴上面水使洞で貧農の子として生まれた。本名は金洪啓。家族とともに間島に移住した。成長後、抗日パルチザン活動に身を投じ、1927年4月7日に朝鮮共産党火曜派に参加。1930年6月、一国一党原則に基づき中国共産党に入党。1936年8月、中国東北抗日聯軍第3軍4師政治部主任、その後第3路軍第3軍政治委員・中共北満省委書記となる。しかし、日満軍警のパルチザン制圧作戦を逃れてソ連に亡命した。1940年のハバロフスク会議後に金日成と合流し、教導旅団(第88特別旅団)第3大隊政治委員となる。
1945年、金日成らとともにソ連軍(赤軍)に同行して帰国。朝鮮共産党中央委員会政治局委員を務め、1946年8月の北朝鮮労働党第1回党大会において党中央委員会常務委員会委員に選出。1947年2月、北朝鮮人民会議議員および北朝鮮人民委員会副委員長に選出。1948年3月の第2回党大会において党常務委員会委員に再選出。
1948年9月、朝鮮民主主義人民共和国が建国されると副首相兼産業相となった。1950年6月25日の朝鮮戦争勃発時には朝鮮人民軍前線司令官に任命。それまで軍籍を持たなかった金策には、新たに中佐の階級が与えられたが、総参謀長中将、第一軍団長少将、第二軍団長少将らを指揮する立場にあった。
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