趙淳
趙 淳は、韓国の経済学者、政治家。ソウル大学校名誉教授。ソウル特別市の初代民選市長(1995年〜1997年)、ハンナラ党の初代総裁を務めた。
生誕~死没 1928年2月1日 ~ 2022年6月23日最終更新 2026/10/16 14:55
基本情報
- 生誕 ~ 死没
- 1928年2月1日 ~ 2022年6月23日
- 生年月日
- (1928-02-01) 1928年2月1日
- 没年月日
- (2022-06-23) 2022年6月23日(94歳没)
- 死没地
- ソウル峨山病院
- 出身校
- ソウル大学校商科大専門部, カリフォルニア大学バークレー校大学院経済学博士
- 当選回数
- 1回
- 在任期間
- 1995年7月1日 - 1997年9月9日
- 在任期間
- 1988年12月5日 - 1990年3月17日
- 大統領
- 盧泰愚
- 当選回数
- 1回
- 在任期間
- 1998年7月22日 - 2000年5月29日
- 位置
- 37.7556, 128.8961
趙 淳(チョ・スン、조순、1928年2月1日 - 2022年6月23日)は、韓国の経済学者、政治家。ソウル大学校名誉教授1。ソウル特別市の初代民選市長(1995年〜1997年)、ハンナラ党の初代総裁を務めた。
人物
江原道江陵市出身。本貫は豊壌趙氏2。専門分野は貨幣金融論及び金融発展論。韓国学術院に加入。陸軍士官学校講師(英語教官3)を務めた後、アメリカに留学し、帰国後はソウル大学校商科大副教授を皮切りに経済学分野で活躍した。韓国のケインズと言われるほどで、安定と均衡成長を強調する「趙淳学派」も存在する45。1988年に発足した盧泰愚政権で経済企画院長官を務めた他、金泳三政権では韓国銀行総裁も務めた。
1995年6月、およそ34年ぶりに行われたソウル市長選挙に民主党から出馬して当選を果たし、政界入りした。その後、1997年9月に野党第3党である民主党の大統領候補に選出されたが、支持率の伸び悩みなどから新韓国党との連携を模索、同年11月21日に結成されたハンナラ党の初代総裁に就任した。2000年3月、ハンナラ党からの公薦を得られなかった政治家と共に(民国党)を結成し、党代表に就任したが、翌4月に行われたで民国党が惨敗した責任を取って代表を辞任し、政界から引退した。
この記事は日本語版ウィキペディアの「趙淳」をもとに作成されており、 (r103102515) CC BY-SA 4.0 ライセンスのもとで利用できます。原文の投稿者一覧は 原文の履歴で確認できます。
最終更新 2026/10/16 14:55 · r259584 · 記事の内容は CC BY-SA 4.0 のもとで利用できます。