蕭統
蕭 統は、南朝梁の皇族。字は徳施。襄陽で生まれた。武帝蕭衍の長男で皇太子に立てられていたが、父に先立って死去した。昭明太子(しょうめいたいし)の諡号で知られる。母は貴嬪(側室)丁令光。廃帝豫章王蕭棟の祖父で、後梁の宣帝蕭詧の父である。
生誕~死没 501年 ~ 531年5月30日最終更新 2026/10/16 14:51
蕭 統(しょう とう、中興元年(501年)9月 - 中大通3年4月6日(531年5月7日))は、南朝梁の皇族。字は徳施。襄陽で生まれた。武帝蕭衍の長男で皇太子に立てられていたが、父に先立って死去した。昭明太子(しょうめいたいし)の諡号で知られる。母は貴嬪(側室)丁令光。廃帝豫章王蕭棟の祖父で、後梁の宣帝蕭詧の父である。
生涯
頭脳明晰であり、3歳で『論語』『孝経』を読み、5歳で五経を全て読破したと言われる聡明な人物で、武帝の皇太子として、成人してからは国政に携わり、民衆に仁政を行った。また、文章家としても後世に知られている。
蔵書3万巻を持っていたと言われる蕭統の傍には優れた文人が集まり、それらの助けを借りて各種の名文を集めた『文選』を編纂した。
後、舟遊びの際に水に転落し、それが元で病気を発して死去した。またその蔵書も、江陵の元帝が西魏によって滅ぼされた時に灰燼に帰した。
その後、三男の蕭詧が江陵で、西魏政権の手によって後梁の天子として即位させられた時に、蕭統にも高宗昭明帝と追号された。
子女
【蘭陵蕭氏系図】(編集)
伝記資料
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