寛保
寛保は、日本の元号の一つ。元文の後、延享の前。1741年から1744年までの期間を指す。この時代の天皇は桜町天皇。江戸幕府将軍は徳川吉宗。
施行~廃止 1741年4月12日 ~ 1744年4月2日最終更新 2026/10/16 14:47
基本情報
- 施行 ~ 廃止
- 1741年4月12日 ~ 1744年4月2日
寛保(かんぽう、かんぽ、旧字体:寛󠄁保)は、日本の元号の一つ。元文の後、延享の前。1741年から1744年までの期間を指す。この時代の天皇は桜町天皇。江戸幕府将軍は徳川吉宗。
改元
「寛保」は正徳改元の時に当時の霊元上皇が強く推したものの、新井白石から「柳沢吉保を想像させる」として拒絶された経緯があったとされる1。しかし、今回は先例に基づいて2月中の改元を実現させるために勧進する候補を17に増やしたところ、却って選定に手間取って幕府に案が届いたのは2月になってからで、桜町天皇や摂関家が推す「寛保」に対して幕府も異論を挟まなかったために、予定の2月改元に間に合せることが出来た2。
出典
『国語』周語の「寛所以保本也、注曰、本位也、寛則得衆」から。
寛保年間の出来事
- 寛保2年
関東から近畿にかけて大水害(寛保の洪水・高潮)。特に千曲川流域や江戸などで深刻な被害(戌の満水・寛保二年江戸洪水参照)。
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