宝暦
宝暦(ほうれき、は、日本の元号の一つ。寛延の後、明和の前。1751年から1764年までの期間を指す。この時代の天皇は桃園天皇、後桜町天皇。江戸幕府将軍は徳川家重、徳川家治。
施行~廃止 1751年12月14日 ~ 1764年6月29日最終更新 2026/10/16 14:54
基本情報
- 施行 ~ 廃止
- 1751年12月14日 ~ 1764年6月29日
宝暦(ほうれき、(ほうりゃく、旧字体:寶曆)は、日本の元号の一つ。寛延の後、明和の前。1751年から1764年までの期間を指す。この時代の天皇は桃園天皇、後桜町天皇。江戸幕府将軍は徳川家重、徳川家治。
改元
- 寛延4年10月27日(グレゴリオ暦1751年12月14日) 改元。前年の桜町上皇の崩御、この年の大御所徳川吉宗の薨去、そしてその間に発生した地震のためともみられる。
- 宝暦14年6月2日(グレゴリオ暦1764年6月30日) 明和に改元
公式には上皇と大御所の逝去を理由にしているものの、実際には凶作や地震を理由とした災異改元の要素があった。実際、天保改元の際には宝暦改元を前例として災異改元を行っている1。
出典
- 『貞観政要』の「及恭承宝暦、寅奉帝図、垂拱無為、氛埃靖息」から。
宝暦年間の出来事
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