享和
享和は、日本の元号の一つ。寛政の後、文化の前。1801年から1804年までの期間を指す。この時代の天皇は光格天皇。江戸幕府将軍は徳川家斉。
施行~廃止 1801年3月19日 ~ 1804年3月21日最終更新 2026/10/16 14:50
基本情報
- 施行 ~ 廃止
- 1801年3月19日 ~ 1804年3月21日
享和(きょうわ、旧仮名遣: きゃうわ)は、日本の元号の一つ。寛政の後、文化の前。1801年から1804年までの期間を指す。この時代の天皇は光格天皇。江戸幕府将軍は徳川家斉。
改元
辛酉革命に基づく改元自体が朝廷と幕府の間で恒例となっており、特に問題が起きたとも伝わっておらず、平穏のうちに決定が進められたとみられる1。
出典
『文選』の「順乎天而享其運、応乎人而和其義」から。
享和年間の出来事
- 享和元年(1801年): 富山元十郎らが得撫島に「天長地久大日本七属島」の標柱を建立。
- 享和2年(1802年): 江戸幕府が蝦夷奉行(後の箱館奉行)を設置。
- 享和2年(1802年): 十返舎一九『東海道中膝栗毛』の初刷り開始。
- 享和2年(1802年): 江戸で火災
誕生
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