マイケル・ハワード (歴史学者)
サー・マイケル・エリオット・ハワード は、イギリスの歴史学者。専門は軍事史。国際戦略研究所(IISS)名誉所長。 オックスフォード大学クライスト・チャーチ校で学ぶ。第二次世界大戦中はコールドストリームガーズの一員として従軍、イタリア戦線で戦い、二度の負傷を経験した。 戦後は大学に戻り、修士・博士号を取得、1947年よりロンドン大学キングス・カレッジに赴任し、戦争学部創設に携わる。1964年には同学部初の正教授に就任した。1970年からはオックスフォード大学に異動し、オール・ソウルズ・カレッジのチチェリー講座教授(1977-80年)、現代史欽定講座教授(1980-89年)を歴任し、この間には国際
生誕~死没 1922年11月29日 ~ 2019年11月30日最終更新 2026/10/16 15:00
サー・マイケル・エリオット・ハワード OM, CH, MC, FBA, FRHistS (Sir Michael Eliot Howard, 1922年11月29日 - 2019年11月30日)は、イギリスの歴史学者。専門は軍事史。国際戦略研究所(IISS)名誉所長。
オックスフォード大学クライスト・チャーチ校で学ぶ。第二次世界大戦中はコールドストリームガーズの一員として従軍、イタリア戦線で戦い、二度の負傷を経験した。
戦後は大学に戻り、修士・博士号を取得、1947年よりロンドン大学キングス・カレッジに赴任し、戦争学部(Department of War Studies)創設に携わる。1964年には同学部初の正教授に就任した。1970年からはオックスフォード大学に異動し、オール・ソウルズ・カレッジのチチェリー講座教授(1977-80年)、現代史欽定講座教授(1980-89年)を歴任し、この間には国際戦略研究所会長も務めた。その後、イェール大学歴史学部に軍事史・海軍史講座担当教授として赴任し、1993年に退職する。
クラウゼヴィッツ研究の泰斗として知られ、ハワードらが翻訳・解説を担当した『戦争論』の英訳版は英語圏でのスタンダード(定本)として用いられている。
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